イネが産生する β-tyrosine の役割 Ecological function of rice-produced β-tyrosine

 毎日じっと地面にたたずんでいるだけに見える植物も、実はさまざまな敵と戦っています。彼らを取り巻く環境中には、彼らを食べようとする食植性昆虫や感染しようとする病原菌、土中の栄養素や太陽光などの資源を取り合う競争相手である他の植物達があふれています。それらから身を守るために、植物はさまざまな物理的・化学的防御を発達させてきました。

 化学的防御のひとつに、非タンパク性アミノ酸の生産があります(※1)。多くの非タンパク性アミノ酸は、私たち人間も持っている20種類の基本アミノ酸の類縁体です。非タンパク性アミノ酸には、植物の一次代謝に不可欠なものがある一方で、二次代謝物として毒性や防御機能をもつ数多くのものたちが知られています。


 当研究室、育種学研究室(奥本裕教授、寺石政義講師)、Boyce Thompson Institute for Plant Research(Georg Jander教授)との協同研究で、毎日の食卓の中心である米(イネ)Oryza sativa が作り出す非タンパク性アミノ酸として新たに (3R)-β-tyrosineを発見しました(※2)。この物質の生合成にかかわる遺伝子 tyrosine aminomutase (OsTAM1) も本プロジェクトにより同定されました。通常のアミノ酸はα-アミノ酸と呼ばれ、植物の二次代謝物としての β-アミノ酸は非常に珍しいものです。β-Tyrosine と構造が似ている β-phenylalanine は、針葉樹のセイヨウイチイの樹皮から見つかった抗がん剤タキソールの構成成分として知られています(※3)。

 この (3R)-β-tyrosine は、イネに植物ホルモンの一種であるジャスモン酸を与えると生産されます。しかし、まだその役割や意味はよく分かっていません。β-phenylalanine のもつ抗がん作用のような、なにか私たちに有用な力を秘めているかもしれません。その秘密を解き明かすべく、現在アレロパシー(他感作用)の観点から (3R)-β-tyrosine の役割の究明に努めています。


【参考文献】
1.Huang et al., Non-protein amino acids in plant defense against insect herbivores: representative cases and opportunities for further functional analysis. Phytochemistry 72: 1531-1537 (2011).

2.Yan et al., The Tyrosine Aminomutase TAM1 Is required for β-Tyrosine Biosynthesis in Rice, Plant Cell 27 (4): 1265-78 (2015).

3.Walker et al., Cloning, heterologous expression, and characterization of a phenylalanine aminomutase involved in taxol biosynthesis. J. Biol. Chem. 279: 53947-53954 (2004).