昆虫ホルモンの生合成と発育制御機構
Insect hormones: Biosynthesis and developmental regulation
私たち人間にインスリンやエストロゲンなどのホルモンがあるように、昆虫にも体内の様々なはたらきを調節するホルモンが存在します。例えば、ステロイドホルモンのエクダイソンやセスキテルペンの幼若ホルモンは昆虫の発育に必要な昆虫特有ホルモンです。そのうち、エクダイソンが必要な時期に体内に分泌されなくなると、昆虫は脱皮や蛹化を行えずに死亡します。そのため、エクダイソンの生合成や分泌過程を阻害する薬剤を開発すれば、昆虫以外の生物には安全な殺虫剤として活用できることが期待されます。それにはエクダイソンがどのように生合成され、分泌されるか、メカニズムを詳細に解明する必要がありますが、未だ明らかになっていない部分が非常に多いです。
昆虫はエクダイソンを、餌から摂取したコレステロールから生合成することが知られています。この過程ではたらく酵素にはハロウィンのお化けの名前が付けられています。エクダイソンは特徴的な環構造を有していますが、その部分が構築される過程についてはBlack Boxとなっており、未だ明らかにされていません。Black Boxの中ではたらく酵素として、Spookなどの酵素がこれまで同定されてきましたが、具体的にどのような反応を行っているかは明らかになっていません。これらの酵素がどのような反応を担っているか、またBlack Boxの中にどのような生合成中間体が存在するかを解明することを目指しています(※1, 2)。
ショウジョウバエは遺伝子のはたらきを操作することが簡単な昆虫で、実験に用いるのに非常に便利です。これまでにも、遺伝子操作によって昆虫ホルモンが必要な時期に分泌できないショウジョウバエが作成され、ホルモンの役割が明らかにされてきました(※3)。ショウジョウバエは蛹になるときに、糊タンパク質を分泌して壁に貼りつきます。この糊タンパク質は通常、蛹になる前の3齢幼虫の時期にエクダイソンが分泌されることで作られます。しかし、遺伝子操作などでエクダイソン分泌の時期を人工的に操作すると、本来糊タンパク質が作られる3齢幼虫になる前の、1齢幼虫や2齢幼虫でも作られることが分かりました。このような現象に着目して、どのようなメカニズムで、適切な時期に昆虫ホルモンが作用するのか、分子レベルで明らかにすることを試みています。
【参考文献】
1.Saito et al., Characterization of candidate intermediates in the Black Box of the ecdysone biosynthetic pathway in Drosophila melanogaster: evaluation of molting activities on ecdysteroid-defective larvae. J Insect Physiol.93-94:94-104(2016).
2.Ono et al., Conversion of 3-oxo steroids into ecdysteroids triggers molting and expression of 20E-inducible genes in Drosophila melanogaster. Biochem. Biophys. Res. Commun. 421, 561-566 (2012).
3.Ono, Ecdysone differentially regulates metamorphic timing relative to 20-hydroxyecdysone by antagonizing juvenile hormone in Drosophila melanogaster. Dev. Biol. 391, 32-42 (2014).