ヤマカガシの毒成分 Toxins of Japanese snake Rhabdophis tigrinus
毒を利用する生物は世界中に数多く存在し、その毒成分もアルカロイド、テルペノイド、ペプチドなど多岐に渡ります。毒の用途は生物によって様々であり、イラガの幼虫のように捕食者への防御として用いるものや、サソリのように狩りに用いるものもいます。また自分でその毒を作るのではなく、フグやヤドクガエルのように餌が持つ毒を蓄積して利用する生物も存在します(※1,2)。このように毒の世界は多様で奥深く、いまだ解明されていない謎も多くあります。
日本に広く生息するヤマカガシ Rhabdophis tigrinus は二種類の全く異なる毒を別々の器官に蓄積し、それぞれを違う目的で使用するという珍しい生態を持つヘビです(※3)。その毒の一つはタンパク毒であり、デュベルノワ腺という器官に蓄積して牙を介し獲物に注入します。ほとんどの毒蛇が持つ毒はこのタンパク毒です。それに加えヤマカガシは、首の皮下に存在する頸腺と呼ばれる独自の器官に、強心性ステロイド bufadienolide 類を蓄積しています。ヤマカガシは敵に襲われると頸腺のある頸部を相手にアピールするような行動を示すことから、bufadienolide を捕食者への防御に用いていると考えられています。さらにヤマカガシはこの bufadienolide を自分で合成するのではなく、餌のヒキガエルから吸収して頸腺に蓄積し利用します。
ヤマカガシが独自に獲得した頸腺の、進化の過程や詳細な機能についてはまだ謎が多くあります。それらを解明するために、京都大学理学研究科動物行動学研究室の森哲准教授との共同研究により実験を進めています。その一つがヤマカガシ属ヘビの蓄積成分の分析です。ヤマカガシの近縁種はアジアに広く生息しています。そのうちの十数種がヤマカガシの頸腺と同様の器官を頸部および背部に持ちますが、蓄積成分についてはほとんどが未解明のままです (4)。またその近縁種の中には、カエルを主食とするヤマカガシとは異なりミミズを主食とする種もいることから、これらの種がどんな化合物をどんな生物から吸収しているかを明らかにすることが、頸腺の進化を解明するヒントになると考え、アジアに生息するヤマカガシ属ヘビの毒成分の化学分析を進めています。また頸腺に bufadienolide をどう取り込まれ構造変換がなされるかを解明するための分子生物学的な実験などにも取り組んでいます。さらに実験室での研究だけでなく、芦生研究林や海外のフィールドに赴き野外でのサンプル採集を行うこともあります。
【参考文献】
1.Honda et al., Toxification of cultured puffer fish Takifugu rubripes by feeding on tetrodotoxin-containing diet, Nippon Suisan Gakkaishi 71(5) 815-820 (2005).
2.Takada et al., Scheloribatid Mites as the Source of Pumiliotoxins in Dendrobatid Frogs, Journal of Chemical Ecology 31(10) 2403-2415 (2005).
3.Hutchinson et al., Dietary sequestration of defensive steroids in nuchal glands of the Asian snake Rhabdophis tigrinus. Proceedings of the National Academy of Sciences 104 2265-2270 (2007).
4.Mori et al., Nuchal glands: a novel defensive system in snakes. Chemoecology 22 187-198 (2012).